こんにちは、rinnshannです。
安倍晋三氏が襲撃、死去されてから約2か月半となりました本日、いよいよ「国葬儀」が実施されます。問題なく無事に執り行われることを祈りつつ、私は仕事をしているかと思います。休みが取れれば献花に行こうとも思いましたが、仕事が詰まっているということで断念しました。
特にこの1ヶ月半ほどは、旧統一教会や国葬の是非に関する報道が多く行われていたように思います。その間、イギリスでは、エリザベス女王が亡くなりその後、国葬が行われたこともあり比較対象となったこともありました。
その影響もあってか、国葬が近づくにつれて、当初は賛成多数でありましたが、時間が経つごとに賛成が減り、反対が増える状況を見て、ある意味でメディアの力は本当に凄いと再確認しました。
このブログでは、政治を深く追求するような話はほとんどしないことにしています。かといって、政治に対しての意見を言ってはいけないということではなく…。
ひとまず、私個人としての考えは、当初から国葬を実施することについて、特に問題があるものではないと思っています。海外から続々と弔意や訪問の意思をいただいている訳ですから、それに対応するのは政府の仕事ですから、国葬という形できちんと準備してお迎えするべきだと思うのです。
実施も決まっているものですから、直前に変更となることでわざわざ混乱させる必要もないということです。
この1ヶ月ほどでは、国葬の是非について、賛否両方の意見を見てきました。俯瞰してみると、若年層では、賛成が若干多く、そもそも無関心に近いに人が多いように感じました。年齢が上になるほど反対が増えていくような印象を持ちましたね。(あくまで個人の意見の一つということで悪しからず…。)
基本的に賛成の声は、あまり外には出ずに、反対の声は出てくる傾向にありますから、世の中全てが反対であるかのように無意識的に印象付けられることは頭の片隅に置いておきまして、賛成・反対の両方の意見を収集して分析を書ける必要があるのだと思うのです。
今回の国葬については、賛否があるのは重々承知の上で、これを仮に変更してしまったとしたら、正解不正解に関わらず、テロ行為を正当化してしまうことになりかねないと、あくまで個人的には感じます。(そう感じる人もいるかもしれないということです。)
事件から時間が過ぎてしまったことで、少しずつ気持ちが揺らいできた人もいるかもしれませんが、安倍氏を悼むことは大前提の上で、国葬としておくことで形だけでも、国民全体で「テロには屈しない、屈してはいけない」という世界に声を上げているものだと思うのです。
そして、海外から多くの要人が参列することになると思います。武道館周りが少し心配ではありますが、何事もなく無事に粛々と行われることを祈ります。
以上です、引き続きよろしくお願いいたします。


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