こんにちは、rinnshannです。
この1年で、身内の「死」について関わることがあったということで、死について考えるきっかけがいくつかありました。誰にでも平等にやってくる「死」について、少なからず興味がある人がほとんどでしょう。
もし、自分が死ぬときになったらどうなんだろうと思う。老衰なのか病気なのか怪我なのか状況によっても変わってくるのかもしれませんが、こればかりはそのときになってみないとわからないという話です。走馬灯が見えるということも聞きますが、穏やかに死を迎えられることは幸いなことなのかもしれません。
例えば、死ぬときの感覚が寝落ちするときの感覚だとするなら、私たちは少なからず経験していることになります。あのように、スッと眠りに入っていく感覚は気持ち良く感じることも多いです。例えば、炭水化物をたくさん食べた後の糖質爆弾による寝落ちは個人的に凄く気持ちよく感じてしまいます。起きた後の罪悪感はとんでもないですが…。
いつ死んでも良いように今から準備してみる
皆さんは、今日死ぬとしたら1日をどう過ごすでしょうか?準備をしているでしょうか?
普段から、いつ死んでも良いように準備してみる。私も20代ですが、いつ死んでも良いように1日1日を大切に生きていきるようにしています。いつ死んだとして後悔は全くないと思っています。(実際にその場面になった時にどう思うかなんてわかるのかと言わればそれまで。)
20代だから、そんな簡単に死ぬことなんてあり得ないという思い込みがあるからかもしれません。本当にいつ死んでもおかしくないと思えば、資産形成は必要なのかどうかと責められれば返す言葉がありません。明日死ぬかもしれないですし、あと100年生きるかもしれないので、どちらにせよリスクヘッジは必要です。
資産が残ったまま死んだとしても、(今の状況では)構わないと思っているのでこのままで良いのです。もし、自分に家族がいたとすれば、また別の感情が出てくることでしょう。そうなった時にまた改めてどうするか考えることにします。
死後の世界
個人的には、人間が死ぬとどうなるのか非常に気になるところです。死ぬと自分の意識は無になるのか、別の存在へと生まれ変わるのか。あとは「死後の世界」があるのかないのか、天国と地獄は存在するのかしないのか、挙げればキリがありません。
皆さんはどうですか?
私個人としては、死後の世界は存在せず「無」の存在になるだけだと思っているのですが…。
実際に死を迎えないとわかりませんね。
以上です、引き続きよろしくお願いいたします。


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