私とタロウの最期の60時間①

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こんにちは、rinnshannです。

※本記事は、複雑な思いを抱えたままの4連休の続きとなります。

※短編小説風に仕上げてみました。記事の内容の99%は実際に起きた出来事ですが、流れに影響しない程度に一部内容を変更しています。また、「タロウ」というのは仮名です。読んでくださった皆様にとって馴染み深い名前にそれぞれ変換しやすいように。

序章:青天の霹靂

梅雨の宣言とともに、分厚い雲に覆われた空から一気に夏空がやってきたようなある日の朝。何かが私の睡眠状態を覚醒させたようだ。時刻はまだ午前六時過ぎ。電車通勤ではない私にとって、早起きは必要なく、普段の朝ならこの時間は夢の中だ。眠気眼をこすって周囲を確認すると、目覚まし時計代わりの枕元のスマートフォンがリズムよく振動して、着信していることを知らせている。だが、表示された番号を見ても、誰からの着信なのか検討もつかないのである。知らない番号からの着信には出ないことが癖になっており、とりあえず、着信が切れてからネットで番号を検索するが、特に業者ではなさそうだ。

すると、数分後同じ番号からもう一度着信が。とりあえず出てみよう。すると、相手は数百キロ離れた場所に一人で住んでいる母だった。あ、そういえば、番号が変わったと連絡があり、登録をするのを忘れていた。ただ、電話の声を聞くとその様子がおかしい。声が弱々しく、めまいで体があまり動かないというような内容が聞こえた。私も寝起きで半分寝ぼけながら対応して、あまり寝られていないようなことを話していたので少しでも寝ることと、症状がひどいようなら救急車呼んでくれとだけ伝えて電話を切った。とりあえず状況がよくわからないので、月曜だったが急遽会社に連絡して休みの連絡を行って、移動の準備をしてから電車を乗り継いで五、六時間ほどかかる母が住む家に向けて出発した。

第一章:タロウと老々介護

時刻は十四時半過ぎ。移動先の最寄り駅は、私の思いとは裏腹に雲一つない好天だ。駅前のタクシーを拾って、目的地に到着すると、ドアを開けて家の中に入った。すると、母がぐったりと横になっており、傍ではタロウが寝息を立てているようだ。タロウは、私が小学生の時にブリーダーから譲られた小型犬だ。年齢は二十歳近くで、平均寿命からすると非常に長生きの部類に入るはずだ。

とりあえず、私が到着した物音で母が起きて声をかけてきた。

母「到着、思ったより早かったね…。」

私「一体、何があったんや?」

母「タロウが数日前からかなり衰えてきていて、数時間おきに下痢してる。その世話でよく眠れてない。今日、朝目が覚めたらめまいが凄くて、体もうまく動かないし、ヤバいと思って連絡した。」

母はタロウの介護をしていて体力的に限界が来ていたようだ。もう若くはない年齢の母にとって、不安定な睡眠は体力的の負荷が大きかったか。小型犬相手とは言え、老々介護に近い状況である。

そして、タロウを見てみるとほとんど寝たきりの状況のようで、白内障が進んだ目は半開きになっていて、聴力もほとんど残されていないようで、私が傍に寄っても全く気が付いていないようだ。もう意識もほとんどないのかもしれない。ここ数日で、起き上がれなくなったようで数時間おきに下痢をしたときに、気持ち悪いのか少しだけ手足をバタバタさせて知らせることしかできない。声を上げる気力すら残っていないようだ。

私「ここまで歳取ってしまったか。」

母「水分は辛うじて摂れてるけど、固形物はもう全然食べられてない。」

私「栄養が摂れてないのは、あんまり長くないかもしれん。」

食事ができなくなるということは、もはや栄養を必要としていないということ。つまり、死が遠からず近づいてきているということになる。この段階で覚悟をしておかないということだ。そうこう行っている間に、タロウが少し手足をバタバタさせている。

母「下痢止まらんな。飲んでもそのまま出てくる感じ。」

私「もう内臓がほとんど機能してなさそう。」

私は医学をかじっている訳でもないが、原理からして何となくそんな感じがする。そして、ほとんど立つことすらできないタロウの姿に、これまで「死」というものをほとんど触れてきたことがなかった私でも、タロウの寿命が尽きつつあることを感じざるを得なかったのだ。無意識に出てくる自分の排泄物で汚れてしまったタロウの身体をふき取って再び寝かせる。

母「とりあえず、脱水にならないように少しづつ飲ませてる。」

母の手には小さな注射器。水と経口補水液を等量混ぜたものを数mLづつ与えているようだ。もうタロウには、自分で水を飲もうとする体力さえ残っていないのだ。注射器の先を口に近づけるとようやく口を少し開けて舌を動かし、同時に弱々しく喉が動いている。

私「ここは面倒見ておくから少し寝てきたら。」

母「そうする、あとはよろしく。」

そんなわけで、母はフラフラと重い足取りで寝室に戻っていった。リビングには私と再び寝息をたてているタロウ。時刻は既に十五時を過ぎている。時々タロウの様子を見ながら、私は上司に電話で簡単に状況を伝えることにした。「COVID-19」の影響もあり、しばらく帰省できていなかったということで、今週はゆっくりしておいでということで、そのまま3日間の有給休暇を消化することにした。

3日後の夕方には、遠くに住む弟が様子を見にこちらに来るということで、ほとんど入れ替わる形で私は3日後の朝の電車で帰ることにした。

第二章:タロウとの思ひ出

タロウがやってきた

さて、少しだけ昔話。時は約二十年前に遡る。元々、弟が絶対に世話をするということで、犬を欲しがった。そんな中、タロウは家にやってきた。一応、飼い主は弟ということになるのだが、結局世話らしい世話をしたのは最初だけで大部分は母が行っていた。私は、アレルギーなのか涙と鼻炎が出るので時々手伝う程度。

外にいる分には私のアレルギーはそこまで影響しないので、散歩に出かける一人と一匹。行く先も決めずにのんびりと歩く。お気に入りのトイレスポットに到着しては用を足す。ウォーキング時々ランニングで、アスファルトで足が火傷しないように、今の時期なら夕方日が傾いてきた頃に出発。いくらか走ると体温を下げるために特有の小刻みに舌を出して呼吸する光景を思い出す。

タロウはかなりやんちゃで臆病な性格で、よく吠える犬で大きな物音、例えば雷が鳴ると大きな声で吠えていたことを思い出す。あまりにうるさいので少し叩いてしまったこともあった。あの時はごめんなあ。痛かったか。そして、玄関を開けておくと、隙を見ては外に飛び出して家からの脱走を図る。友人が来ては、何回も吠えては構ってくれと言わんばかりに、走ってすり寄ってくる。興奮しては、家中を走り回る。

また、体が丈夫で、何でも食べてしまう。少し高いテーブルに置いてあった板チョコを丸々一枚食べてしまったことがあった。食べ物のためであれば執念が凄かった。勝手に二階に上がって、部屋に置いてあった将棋の駒を食べてしまったこともあった。将棋の駒は食べ物じゃない!腹が減ると、餌をくれと言わんばかりに、いつも餌を入れていた金属製の器を加えては落として、音で知らせるのが日常。

一方で、病気やけがをすることはほとんどなく、本当に元気な犬だったことを思い出す。そのまま十年ほどたって、私は大学に進学することになり、家を出て一人暮らしをすることになった。家を出ると、年に数回帰省する程度で、タロウともほとんど会わない。それでも、帰省するたびに私を見つけるとタロウは私に尻尾を振って、せっせと寄ってくる。おう!タロウ元気か!なんて。

タロウと会わなくなっていく日々

一人暮らしを始めて大学、大学院と6年経過すると、今度は社会人として東京に上京することになった。仕事もあり、さらにCOVID-19も影響して帰省する回数は年に一回程度に。その頃には、段々と老化の症状が出てくるようになっていた。まず最初に出てきたのは白内障で、十七歳を過ぎたあたりには目が見えにくくなっているようだった。それでも、嗅覚はそのまま残っているようで、私の匂いでわかるのか、見えなくてもちゃんと尻尾を振って寄ってくる。歳を取るにつれて、徐々に運動能力の低下を感じるようになった。走ることができなくなり、歩くスピードも落ちてきて、やがてよちよち歩きになるような状態。

「COVID-19」が猛威を振るう直前の昨年二月に帰省したときは、目は見えなくなってきて、耳も遠くなっていたがまだ足腰はしっかりして少しは歩けるような、まだまだ元気な様子だったことを思い出す。この時も、外に連れていって少しだけ散歩に出かけた。元気なころと比較して、足取りもややおぼつかない感じのタロウと歩きながら、そろそろ年齢的にも寿命を迎えてもおかしくないなあ、と若干でも感じざるを得なかった。

そして、第三章へ続く。

以上です、引き続きよろしくお願いいたします。

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